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非専業メゾンの高級時計が、いまコレクターに支持される理由とは?──エルメス「H08」ができるまで

シルクスカーフで有名なラグジュアリーメゾンであるエルメス。「H08」をきっかけに、スイスの名門時計ブランドの競争相手として台頭してきた。

最近、私はニコという名の時計ファンに出会った。彼は自分のことを「ビッグ・コレクター」とは言いたがらなかったが、彼のコレクションは、時計業界でもっとも尊敬されているブランドの伝説的な作品ばかりだ。エルメスの時計を最近買った人を探していた私は、ニコに連絡を取った。

エルメスの時計を買ったニコは、今回の自身の購入に自分でも驚いたという。「以前はエルメスの時計のデザインが私の好みに合わないと感じていました」とニコ。つまり、スイスの名門が生み出す時計業界のアイコンをよく知る、本格的な時計ファンにとって、これまでエルメスの時計は魅力的ではなかった、ということだ。「時計ファンには、ファッションブランドの時計に対するスティグマがあります」とニコは言った。

でも最近、エルメスはスイスの名門時計メゾンの競争相手として台頭してきた。

エルメスの時計のクリエイティブ・ディレクターであるフィリップ・デロタルは、この状況をよく理解している。エルメスが時計の生産をはじめたのは1928年にさかのぼるが、長い間、外注した部品をつなぎ合わせて作られていた。2006年、エルメスは自社製ムーブメントの製造を開始した。「製造の部分での正当性が確保できていなかったので、その点で説得力のあるものを作らなければ、と思っていました」と話す。目の肥えたコレクターは、次の作品を購入する際に、その技術的なノウハウを確認したいと思うものだからだ。

「新たなシグネチャー」をつくるために

エルメスとデロタルは、その正当性を求めて、自分たちがもっとも得意とするハイデザインに目をつけた。最初にヒットさせたのは、カチカチという音が、指定された時間だけ「停止」する「アルソー タンシュスポンデュ」だった。このアイデアでエルメスは2011年、ジュネーブ時計グランプリ(Grand Prix d'Horlogerie de Genève)の最優秀メンズウォッチ賞を受賞した。

しかし、エルメスの躍進はニコが購入した「H08」によるところが大きい。昨年のWATCHES&WONDERS(以下 W&W)で、エルメスはこのスポーティな新作を発表し、瞬く間に話題となった。正方形でもなく、円形でもないケースと、サファリでも使えるような頑丈な外観。「H08」のような時計はほかにはない。

エルメスがメンズウォッチを作りはじめてから10年、競合他社に比べれば、まだまだ発展途上の感がある。スポーツウォッチといえば、パテック フィリップの「ノーチラス」、ロレックスの「デイトナ」、オーデマ ピゲの「ロイヤルオーク」などが代表的な存在だ。「『ロイヤルオーク』のような成功を収めたいものです」とデロタルは切々と語った。

高級革製品やスカーフで知られるエルメスが、なぜこれほどまでに頑丈なものを作り上げたのか。それは、エルメスのコードを少し修正することによって実現した。デロタルは、これが典型的なエルメスのデザインではないことを認めて、こう言った。「新たなシグネチャーとなるものを探したかったのです」

そのためにエルメスは、デザイン性の高いファッションメゾンであるという、競合他社に対する最大の強みを発揮した。「エルメスには16のメティエがあります。それらを有効活用し、混ぜ合わせることが可能なのです」と、以前は時計メーカーであるパテック フィリップで働いていたデロタルは語る。

「H08」は、エルメスの時計部門に大きな利益をもたらした。発売後の1年間で、売上は72%も伸びた。エルメスのシニアバイヤー、マキシム・ドゥ・タークハイムは、「エルメス タイムピーシズは、(ラグジュアリーECサイトの)Mr. Porterでも最高に人気のある時計ブランドとなりました」と語る。「中でも一番人気の時計は『H08』です」と彼は付け加えた。

増えるデザイン重視のコレクターたち

「H08」の成功はエルメスの勝利であると同時に、時計コレクターが次に購入する時計を検討する際に、微妙な変化が起きていることも象徴している。

ファッションブランドが時計を作ることにコレクターが懐疑的であっても、メゾン側は挑戦を止めることはない。ここ数年、シャネルは「J12」、ルイ・ヴィトンは「タンブール」、ドルチェ&ガッバーナは「ドンカルロ」と、時計への投資を重視してきている。今年、グッチはトゥールビヨンとスケルトンムーブメントを搭載したコレクションを発表したが、これらはいずれも時計の機械的性能を誇示するためにデザインされたものだ。これらファッションブランドの時計に共通しているのは、技術的な誇示がなされている点だ。安価で扱いやすいクオーツムーブメントを好んで搭載していたファッションブランドが、本格的な機械式腕時計への進化をアピールしているのだ。

買い手側がデザインを重視する傾向も高まっている。近年カルティエを時計界のトップに返り咲かせたのも、このトレンドによるものだ。昨年春、ディーラーのエリック・クーは、「人々は時計について語るとき、コンプリケーションやその他の属性と同じくらい、デザインが重要であることに、ようやく気づいてきました」と、私に語った。

エルメスの時計は「H08」だけではない。今年のW&Wでエルメスは「アルソー ル・タン・ボヤジャー」という一見すると普通の地図のような時計を発表した。この時計のケースには、エルメスのスカーフをモチーフにした、馬の世界を想像した地図が描かれている。冒頭に登場したコレクターのニコはこう話した。「『H08』はエルメスへの入り口のようなものです。今は、エルメスの新作時計を真剣に検討していますよ」


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